「読書村」の発見による気づき

『日本大地図帳 11訂版』の索引を作っていたある日、私は「読書」という地名を見つけました。場所は、木曽路の山あい、南木曽のあたりです。

「どくしょ」──思わず、そう読んでしまいました。

出版にかかわる者として、このあまりにできすぎた地名に、私はすっかり心を奪われました。

「本を読む人が多い土地なのかもしれない」

「出版にゆかりのある場所なのだろうか」

そんな勝手な想像までふくらませてしまいました。なにしろ、長野は、岩波書店、筑摩書房、みすず書房という錚々たる出版社の創業の地です。

しかも、近くには「読書ダム」まであります。
深い森に囲まれた木曽の山々のなかに、何百万冊もの本が眠る巨大な図書館のような風景を、つい思い描いてしまったのです。

けれども、それは早とちりでした。

「角川地名大辞典」で調べてみると、読みは「どくしょ」ではなく、「よみかき」。

しかもその名は、与川(がわ)、三留野(どの)、柿其(かきぞれ)という三つの村の頭文字を組み合わせて、明治7年に生まれた新しい地名でした。

私は、自分の思い込みを恥じるとともに、文字で見る地名と、実際の「読み」とのあいだには、大きな隔たりがあることを思い知らされました。

そして同時に、私たちはいつのまにか、地名を「音」として感じる感覚から遠ざかってしまっているのではないか、とも思ったのです。

地名は、もともと「音」だった

この問題に、100年以上も前から鋭い問いを投げかけていた人物がいます。民俗学者の柳田國男です。

柳田國男
柳田國男
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
(https://www.ndl.go.jp/portrait/)

柳田は、『地名の研究』のなかで、こう書いています。

元字(あざ)や小字の名は久しい間人の口から耳に伝えられていたもので、適当な文字はなかったのである。…(中略)…その文字は十中の八九までは当字である。しかも大小種々なる智慧分別をもって地名に漢字を当てたのは近世の事業であって、久しい間まずは平仮名で通っていたものである。

地名は、もともと土地に生きた人々が、声に出して呼び交わすことで受け継いできたものでした。

ところが、後から当てられた漢字の意味や字面が前面に出ることで、本来その土地にあった呼び名や記憶が、見えにくくなってしまうことがあります。

総ふりがなの地図を作ろうと思った理由

実際、『地名の研究』には、先の「読書村よみかきむら」にも言及があります。焼畑農業と地名との関係を論じるくだりで、柳田は、「柿其(かきぞれ)」の「ぞれ」という音に、この付近で焼畑農業が行われていた痕跡を見ようとしていました。

一方、白川静の『字統』によれば、「其」は本来、「」をかたどった文字で、穀物をあおって籾殻などを選り分けるための道具を表していたとされます。「それ(ぞれ)」という音から推測できる地名の由来と「其」という漢字に関連はなさそうです。

つまり、漢字の字面を見ても、その土地の歴史が見えてくるわけではないのです。

むしろ、そうした漢字の意味の奥に隠れてしまった土地の記憶が、柳田が指摘したように、地名の「音」のなかには、今もひそんでいるのかもしれません。

この経験を通して、私はあらためて気づかされました。日本地図にとって、本当に大切なのは「読み」なのではないか、と。

地図は、ただ場所を探すためのものではありません。その土地で生きてきた人々の記憶や、暮らしの積み重なりに触れるための入口でもあるはずです。

そう考えたとき、一部の難読地名だけではなく、掲載するすべての地名にふりがなを付した地図が必要だと思うようになりました。

本書『ふりがな日本地図帳』は、そうした思いから生まれたものです。

地名を「音」として読みなおすこと。それは、ただ場所を示す記号だった地図を、人々の暮らしの記憶が息づく地図へと変えていく第一歩です。

本書が、地図の上の地名を、あらためて声に出して味わうきっかけになれば、これ以上うれしいことはありません。

この「総ふりがな地図」は、Illustratorというアプリケーションを使って作られていますが、このアプリにはふりがなを振る機能がありません。次回は、この「総ふりがな地図」を、どのような工夫で実現したのか。その舞台裏をご紹介します。